湯川博士によって予言されたパイ中間子(π)は、質量が最も軽い中間子です。中型の加速器でも大量に生成することができるため、大強度フロンティア実験でよく使われます。COMETやDeeMe実験で大量に必要となるミュー粒子も、パイ中間子の崩壊から生成されるのです。パイ中間子は弱い相互作用によってミュー粒子や電子を生成しますが、その有様を精密に測定して未知の量子効果の影響を抽出することにより、高いエネルギー領域での物理現象を研究することができます。
PIENU実験は、π+ → e+ ν崩壊とπ+ → μ+ ν崩壊の分岐比の違いを精密に測定することによって、素粒子の標準理論を超えた物理現象を探索する実験です。π+ → e+ ν崩壊は、弱い相互作用でパリティが破れていることに関連して、π+ → μ+ ν崩壊に比べて約1万倍抑制されています。したがって、抑制されない新しいタイプの現象がもしも存在すれば、極めて高い感度で検出することが可能となります。
PIENU実験はカナダTRIUMF研究所で2009-2012年にデータ収集が行われました。図1にその時の実験装置を示します[1]。パイ中間子の純度を高めたビームライン[2]と単結晶NaI(Tl)カロリメータを活用した検出器[3]を使うことにより、高いイベント統計と系統誤差の低減を目指したユニークな検出器です。一部のデータセットを用いた解析結果は既に発表されています[4]。また、π+ → e+ ν崩壊でのe+エネルギースペクトルから電子ニュートリノに結合する重いニュートリノの探索も行い、60-135 MeV/c2の領域で混合行列要素|Uei|2に対しておよそ10-8以下という結果を得ています[5]。さらに、π+ → e+ ν崩壊におけるμ+エネルギースペクトルも測定しており、このデータを使って15.7-33.8 MeV/c2の質量領域に対して|Uμi|2 < 10-6 ~ 10-5の上限値を得ました[6]。荷電レプトンフレーバを破るμ+ → e+ XH崩壊の探索解析も行い、47.8-95.1 MeV/c2の質量領域でΓ(μ+ → e+ XH)/Γ(μ+ → e+νν) に対して10-5レベルの上限値を得ることができました[7]。
[1] A. Aguilar-Arevalo, M. Aoki et al., “Detector for measuring the π+ → e+ νe branching fraction”, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 791, 38-46 (2015).
[2] A. Aguilar-Arevalo et al., “High purity pion beam at TRIUMF”, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 609, 102-105 (2009).
[3] A. Aguilar-Arevalo, M. Aoki et al., “Study of a large NaI(Tl) crystal”, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., Sect. A 621, 188-191 (2010).
[4] A. Aguilar-Arevalo, M. Aoki et al., “Improved Measurement of the π+ → e+ ν Branching Ratio”, Phys. Rev. Lett. 115, 071801 (2015).
[5] A. Aguilar-Arevalo, M. Aoki et al., “Improved search for heavy neutrinos in the decay π+ → e+ ν“, Phys. Rev. D 97, 072012 (2018).
[6] A. Aguilar-Arevalo, M. Aoki et al., “Search for Heavy Neutrinos in π+ → e+ ν Decay”, Phys. Lett. B 798, 134980 (2019).
[7] A. Aguilar-Arevalo, M. Aoki et al., “Improved search for two body muon decayμ+ → e+ XH“, Phys. Rev. D 101, 052014 (2020).